2017年10月18日水曜日

長寿の薬


今日はディーパーヴァリ。
テンプルのランゴーリは今期卒業生のあいちゃんの力作。

今朝はテンプルのプラサーダムも、ラッドゥーや揚げ菓子・ポン菓子など、スペシャルなアイテムでいっぱい。
早朝クラスなどで遅れてやって来た私の為に、テンプルのアンマジが取り置きしてくれたプラサーダムを包んでくれ、Happy diipaavali, All the best!とブレッシングしてくれる。

アシュラムのダイニングホールでは、「朝食の後に摂るように」と、隣のアーユルヴェーダのドクターから贈られたレーヒャ(ペースト状の薬)を、同級生のキッチン担当がひとりひとりに配膳してくれました。

「これは長寿の薬よ~」と同級生のオフィス担当のマダムがタミル語でワーカーさん達に説明している。

チャヴァナプラーシュやパンチャームリタのような見た目だったので、甘いのかと思いきや、かなりきつい薬の味!

今日は一日中美味しいものを作って食べる日だから、消化を助ける薬なんじゃないの?と、一緒に朝食を摂っていた同級生のアーチャーリヤ(ヴェーダーンタの先生)が推論と解説をしてくれる。

この薬の成分がなんであれ、
この薬をこの日にこうやって摂る、ということ自体が、
皆がケアしあう伝統文化の中で生活しているという証そのもので、
そうやって生きていると心身はそこそこ安定してハッピーで健康でいられることから、
この薬は長寿の薬と呼ばれているんだろうなぁ。

そんなことを考えながら、
ディーパーヴァリの朝に、皆さんの健康と幸せに満ちた長寿を祈っています。。。

2017年10月15日日曜日

ヒンドゥー宗教画講座 (こんなのがあればいいな)

現代における、ヒンドゥー宗教画制作を、伝統の規定に沿って活性化するために。


ヒンドゥーの伝統文化で紹介されている、多種多様な神々の姿を描くために、知っておくべき、
伝統的な形・プロポーション・象徴・意義・応用等について、
2年間ぐらいの通信教育+2回ぐらいのインドでのスクーリング&見学ツアーを通して学びます。

・ ヴェーダ、プラーナ、イティハーサに出てくる神々の記述
・ アイコノグラフィー
・ シンボリズム
・ インド各地に伝わる伝統技術の概論
・ ヴァーストゥ・シャーストラ(建築、方位学)
・ ガンダルヴァ・シャーストラ(音楽、舞踊など)
・ インド由来の植物と動物
・ 宗教的清潔さについて

みたいなのがあればいいな~、と思っています。

こういうのがあるのを知っていたら教えて下さい。
無ければ、創ってくれる人がいればいいな~、と願っています。

外国人でも参加OK。修了書がもらえる。
絵を描かない人でも、教養として勉強できる。(私も参加したい。)

政教分離といいながらヒンドゥー潰しに傾いているインド政府のポリティカルな介入なしに、プライヴェートで勉強するべきことを勉強できる環境がいい。


現代における、ヒンドゥーの宗教絵画の創作って、
他の芸術表現に比べて、あまり活発ではないように思います。



ブログの記事を書く時に、神々の肖像をネットで探しても、
みつかるイメージのヴァリエーションは極端に少ないですね。
ISCONのおかげでクリシュナをモチーフにしたものは、
現代絵画でも素敵なものがいろいろありますが。

ヒンドゥーの伝統文化が提供しているモチーフの多種多様さ、
多種多様性を尊び、極彩色の生きた文化があるのだから、

現代ヒンドゥー宗教絵画のシーンはもっとアクティブであってもいいのに、
と思います。

ラーマーヤナ、ヒンドゥーの神様達についてなど、
これから書きたい本には、挿絵もどんどん入れていきたいので、
素敵な宗教画を描く現代の画家さんたちを応援したいです。

言葉を発する上での、言語の4つのステージ

ノーサイボー間の電流の流れを可視化した画像なんだって。
1.パラー  परा
2.パッシャンティー पश्यन्ति
3.マッディヤマー मध्यमा
4.ヴァイカリー वैखरी
の定義についてサラッと調べてみたけれど、やっぱりネットの英語の情報はいい加減なのが多く、もちろん日本語の情報は皆無なので、梵梵百科事典のवाचस्पत्यम्に頼りました。OCRを使っているからだと思うけど、タイポがかなりあるので、読みながら、自分なりに解り易く、訂正・サンディ外し・ハイフン入れをしてみました。
 
प्राण-अपान-अन्तरे देवी वाग् वै नित्यं हि तिष्ठति ।
स्थानेषु विकृते वायौ कृत-वर्ण-परिग्रहा ।
वैखरी वाक् प्रयोक्तॄणां क्रमरूप्-अनुपातिनी ॥
प्राणवृत्तिम् अनुक्रम्य मध्यमा वाक् प्रवर्त्तते ।
अविभागा तु पश्यन्ती सर्वतः संहृतक्रमा॥
स्वरूप-ज्योतिः एव अतः परा वाग् अनपायिनी ॥
मञ्जूषा-धृतवाक्यम्
अस्यार्थः शब्दार्थरत्ने
चेतनेन ज्ञातार्थ-विवक्षया तद्बोधक-शब्द-निष्पादनाय प्रेरितम् अन्तःकरणं मूलाधार-स्थितम् अनलं चालयति
तत्-चालितः च अनलः तत्-स्थलस्थ-अनिल-चालनाय प्रभवति तच्चालितेन च अनिलेन तत्रैव सूक्ष्मरूपेण उत्पादितः शब्दः परा वाग् इति अभिधीयते ।

ततः नाभि-देश-पर्य्यन्तं चलितेन तेन तद्देशसंयोगात् उत्पादितः शब्दः पश्यन्तीति व्यवह्रियते
एतत् द्वयस्य सूक्ष्मतर-सूक्ष्मतमतया ईश्वर-योगि-मात्र-गम्यता न अस्मदीय-श्रुतिगोचरता ।
ततः तेन एव हृदयदेशं परिसरता हृदय-संयोगेन निष्पादित-शब्दः मध्यमा इति उच्यते
सा च स्वकर्ण-पिधानेन ध्वनि-आत्मकतया सूक्ष्मरूपेण कदाचिद् अस्माकमपि समधिगम्या ।
ततः मुखपर्य्यन्तम् आगच्छता तेन कण्ठदेशं प्राप्य आहत्य मूर्द्धानं तत्प्रतिघातेन परावृत्य च मुखविवरे कण्ठादि-तत्तद्-अष्ट-स्थानेषु स्वाभिघातेन उत्पादितः शब्दः वैणरी इत्युच्यते”

वैखरी शब्दनिष्पत्तिः मध्यमा श्रुतिगोचरा ।
द्योतितार्थी तु पश्यन्ती सूक्ष्मा वागनपायिनी ॥ मल्लिनाथधृतवाक्यम्

मूलाधारात् प्रथममुदितो यस्तु तारः पराख्यः
पश्चात् पश्यन्त्यथ हृदयगो बुद्धियुङ्मध्यमाख्यः ..” इत्यलङ्कारकौस्तुभः


いくつかのソースを提示してくれていますが、真ん中の2つにバラつきがあるみたい。

自分の中での思考が、どのくらい一般言語で行なわれているのかは、
個人差があるよな~、というところから調べ出したので、それなりに納得だけど。

感情とか、直感的に因果関係を見抜いている時とかって、一般言語というgrossなレベルではなく、
言語化できないsubtleなレベルの「自分言語」でのプロセスだけど、
計算とか、論理的に物事を考えている時とか、もちろん、これどう言おう?と考えている時は、
他の人が聞いても解る、一般言語で考えが起きている。

でも、普通の人が一般言語で考えるようなことを、自分言語で考えている人は、より速く多く微細に考えられるけど、それを表現するのに時間がかかってしまうよね、という話。

2017年10月11日水曜日

祈りの意味を知らずに、形から入っても大丈夫?


祈りとは行為なので、その意味が説明できなくても、
毎日していることに意義があります。

祈りの意味を正しく理解すること自体に、祈りが必要です。
その理解をさらに深めるには、祈りのある生活が必要です。
ゆえに、たとえ祈りの意味を知らなくても、形から入って始めることに問題はありません。

アヒムサーの実践(ベジタリアンであること等)、
ダーナ(一歩踏み出して、時間や優しさを与えること)や、
タパス(エーカーダシーなど)にも、同じことが言えます。

これらは全てカルマ(自由意思を使った行為、つまり人間が人間らしくあるための行為)なので、
知っているだけでは意味が無く、知らなくても実践していることに意義があります。


自分の本質については、既に在る事実を正しく知るだけなので、
既にあるものを実践して達成することはできず、する必要もありませんが、
 それを正しく知るための準備された心は、
祈りのある生活の実践でしか成し得ません。


いつか、このお祈りの言葉の意味を教えてくれる先生に出会えますように。
いつか、この祈りの言葉の意味が、正確に、明瞭に、理解できる日がくるよう、
この祈りによって、私の心が成長しますように。

サンスクリットの祈りの言葉は、人間によって、文法に沿って、
理解されるべき意味を伝えています。






2017年10月9日月曜日

「理論」と「論理」の違い



前から気になっていて、いろいろ調べたけど、
ネット上では余計混乱してしまう情報がいっぱいで、
「結局、日本語って曖昧だから、どっちでもいいって感じ?
話の流れでスムーズに聞こえる方を使えばいい?」となってくる。
http://tkysktmt.hatenablog.com/entry/2014/08/03/193950
その他「理論 論理 違い」でググるといろいろ出て来ます。

そこで、素直に辞書を引いてみると、(←最初からそうするべきなのに、ものぐさ病ですね。)

理論:①(~する)ものごとの筋道や道理などについて論じること。また、論じ合うこと。論争すること。また、その議論。

論理:①議論・思考・推理などを進めて行く道筋。思考の法則・形式・論証の仕方。

【精選版 日本国語大辞典】
 
ここまでだと、サンスクリット語文法の複合語の一種である、
「~の~」という形の、後ろの言葉が主たる意味である複合語षष्ठीतत्पुरुषसमासः(ṣaṣṭhītatpuruṣasamāsaḥ)として理解するのがよいのかな?となる。

理論 = 道≪理≫について≪論≫じること。
論理 = ≪論≫議をする≪理≫屈。 
みたいな。


でもやっぱり、広辞苑は素晴らしく分かり易い。

理論: ①(theory)
㋐科学において個々の事実や認識を統一的に説明し、予測することのできる普遍性を持つ体系的知識。
㋑実践を無視した純粋な知識。この場合、一方では高尚な知識の意であるが、他方では無益だという意味のこともある。
㋒ある問題についての特定の学者の見解・学説。②論争。(日葡辞書) 
葡とはポルトガルね。

論理:(logic) 
①思考の形式・法則。また、思考の法則的な繋がり。
②実際に行われている推理の仕方。論証のすじみち。

【広辞苑】


日本語でごちゃごちゃ言うより、
理論はtheory、論理はlogicと訳すと、とてもすっきりしました。
英語ですっきり、というのもなんとなく悲しいですが。

形容詞と副詞にして使うことも、英語ベースだとしっくりくる。
Theoretical, theoretically 理論的、理論的に
Logical, logically 論理的、論理的に


2017年10月7日土曜日

インドの、女性に対する尊敬を込めた呼び名


インドでは、小さな子供たちは私のことを、

「ディディー」(北インド)、「アッカー」(南インド)と呼ぶ。

どちらも、「お姉さん」という意味。

年齢差から考えて、お姉さんということはあり得ない、

彼らのお母さんの世代さえ、私より若いのだけど、

尊敬と親しみを持つように躾けられ、それを表す呼び方をしているのです。

日本の子供のように、血の繋がっていない年の離れた女性に対して、

「おばちゃん」と呼ぶようなことは、絶対にあり得ません。

インドの子供はほんと、良く躾けられてるわね~。


しかし、一旦成人すると、同い年くらいでも、私よりだいぶ年上でも、

そして、お父さんやお祖父さんぐらいの年齢の人でも、

私のことを、「お母さん」という意味の、「マタジ」「アンマ」と呼びます。

もちろん、これは宗教的な意味があり、尊敬を表す呼び方です。

「母」とは即ち「デーヴィー(女神)」と同義語なので、

物理的に女性として認識しているのではなく、

「母性という神性をあなたの中に見ています」ということです。

もちろん、子供を産んだことがあるかどうかなどは関係ありません。

この与えられた身体を持って存在しているだけで、女神なのです。


日本のおやじのように、見ず知らずの女性に対して「おねえちゃん」と呼ぶようなことは、

かなり不躾と考えられているので、絶対にありえません。


インドの文化って、問いかけ、考え、全てにある神性を理解するためにあるのです。

毎日ふつうに生きてるだけで楽しい。

2017年10月2日月曜日

歌舞伎・マハーバーラタ

http://www.kabuki-bito.jp/sp/news/4323

プージヤ・スワミジはよく、カルナの心理は研究対象にふさわしい、と仰っていたので、
カルナを主役に選んだのは、面白いなと思いました。

スーリヤ・デーヴァターと王家の血筋を持ちながら、馬車引きの息子として育てられたゆえに、「自分はここには属さない」という違和感を持ちながら育ち、出生から弓の恩師に拒絶され、コンプレックスから自分の偉大さを証明することを心の拠り所とし、そして血を分けた兄弟であるパーンダヴァを敵とする側に立ち、、、と数寄で極端な状況にありながらも、私達にも分からない訳ではない心境にあるキャラクターです。

これがきっかけとなって、インドの文化やその根底にある教えに興味を持ち、学ぼうとする人が増えることを、今の時代だからこそ、祈っています。。。

2017年10月1日日曜日

エア・インディアの預け入れ荷物について

AirIndiaは、国内線と国際線を別々に予約しても、
乗り継ぎが24時間以内なら、2つのPNRをリンク出来ると聞いたので、
先ほどカスタマーサーヴィスに電話して、そのようにしてもらいました。
こういう電話ってすごく苦手なのだけど、案外あっさり済んでよかった。。。

知ってると知らないとでは大違いだったので、教えてくれたVaniさんに感謝。
皆さんにもシェアしますね。

Internationalのbaggage allowanceは23kg x 2 pcsで、
Domesticは25kg x 1pc(近距離なら15kg x 1pc)ですが、
PNRをリンクすることにより、国内線も同じbaggage allowanceになります。

さらに、学生ヴィザを持っている人は、もうひとつエクストラのラゲージをチェックインできるそうです。しかし、国内線には適応されません。

でも4年前、コインバトールの空港に同行したブラジル人の同級生が同じことを言ってたけど、国内線カウンターで「そんなん知らん」と言われて、すごい額の超過料金を払わされていたのを見てるので、結局どうなるなのか心配。

それが心配だから、カスタマーサーヴィスのオペレーターに、PNRのリンクと、baggage allowanceの詳細について、Emailなど書面での変更証明があれば安心なのだけど、と訊いてみたのですが、電話でのやりとりは電話だけで、書面には残せない、と言われました。う~ん、心配。

2017年9月28日木曜日

終わりは、始まり。



本日、私がサンスクリット語パーニニ文法の担任を勤めた、
ヴェーダーンタ&サンスクリット3年半コースの修了式を終えました。

全てはプージヤ・スワミジのグレースの表れに他なりません。

3年半教え切った!という開放感は、
次の勉強へのコミットメントの始まりを表しています。


स्वाध्यायप्रवचनाभ्यां न प्रमदितव्यम् ॥
”自分がするべきヴェーダの勉強と、それを教えることを怠ってはならない。” 

(タイッティリーヤ・ウパニシャッド第1章・第11アヌヴァーカ)

タイッティリーヤ・ウパニシャッドの中で教えられている、
ヴェーダの勉強を終えた生徒への、先生からの送る言葉です。



丁度今日から、学問の女神サラッスヴァティーの祭壇を作り、
これから勉強する本をまとめて布でくるんで置いて、
あす29日は学問の女神サラッスヴァティー・プージャーで、
これからの勉強への恩恵を祭壇に置いた本に授けてもらい、
あさって30日のヴィジャヤ・ダシャミーで、勉強を始めます。


これからガッツリ勉強したい本を包むぞ!と思っていたのに、
いろんな人が挨拶に来る中、本をまとめるのを忘れかけていたら、
生徒さんが本を取りに来てくれたので、ぎりぎり間に合いました。
全ては有難い奇跡によって、勉強させてもらっているのだな、、
とインドの伝統生活は、大事なことを毎日思い起こさせてくれます。。。

2017年9月13日水曜日

2018年のざっくりした予定&サンカルパ

日本に腰を据えながら、世界を飛び回るぞ!

(2月までの予定はこちら
2月にリシケシ、コインバトールに滞在して、執筆やキャンプをした後、
3月上旬は、ウブドに2週間ほど滞在して、バリのヒンドゥー文化に触れながら、
ゆっくり独りで執筆に耽ろうと思っています。
バリのサンスクリット研究事情も大学等を訪問しで視察したいのですが、
どなたかご存知の方がいらっしゃれば、是非ご連絡ください。。

バリでも、サンスクリットの祈りチャンティングから、ヴェーダの教えを紐解くという内容で、
3日間くらいの日本語WSが出来れば、と思っています。
ウブドにて、ビーガン・レストランが近くにある、滞在やリトリートに適した場所を探しています。
お薦めの場所があれば、是非情報をご提供ください。

その後、ベトナムのフエ大学を訪問できれば、と思っています。

それから、台湾に少しだけ滞在し、素食事情と、将来勉強するのに良い場所があるかな~と視察しながら、サンスクリットを教える大学も訪問したいと思っています。
台湾の食べる場所(私は厳格なベジタリアンです)、泊まる場所などのおすすめ情報があれば、
是非ご連絡ください。

そして、3月下旬に日本へ再び帰国予定ですが、台湾からそのまま大阪へ戻るのは勿体ないので、
もしお声が掛かれば、沖縄や東京などの別の都市に寄って、
サットサンガやクラスが出来ればいいな~、と思っています。

4月からは、日本に少し腰を据えて、現行のZoomのクラスを再開し、
さらに、火曜日~金曜日の朝6時半からは、
ギーターの勉強会を最初からまた始めようと思っています。
(現行のギーターもそのまま続けます。)

6月には、コインバトールのアシュラムのお寺の改装式典(クンバービシェーカ)に出る予定。
8月あたりにも、コインバトールで2週間くらいのリトリートが出来れば、と思っています。
(アシュラムへの問い合わせはご遠慮ください。)

私の一番の願いは、インド人にこそ、ちゃんとサンスクリット語を勉強してもらうことです。
若者からお年寄りまで、 インド人達に、世界に誇れるインドの文化を見直してもらえるよう、
インド全国でインスパイヤ出来る活動も、一生かけて積極的にしていくつもりです。

ドバイ、ロンドン、セーラースブルグ等にも2018年のうちに訪問し、
世界中でサンスクリット語をいっぱい教えられたら、と思っています。

Medhaみちかの関連サイト